第1章 オリエントと地中海世界

東地中海世界の諸民族
─ フェニキア人・ヘブライ人・アラム人

前13世紀ごろ、「海の民」の侵入によってヒッタイトが滅亡しエジプト新王国も衰退すると、東地中海沿岸に支配の空白が生まれました。この隙間を縫って活躍したのが、セム語系のフェニキア人・ヘブライ人・アラム人です。
彼らは大帝国を築いたわけではありませんが、アルファベットの発明、一神教(ユダヤ教)の誕生、国際商業語の普及など、後の世界史に計り知れない影響を与えました。この記事では3民族の活動を整理し、その文化的遺産の意義を考えます。

1フェニキア人 ─ 地中海を制した海の商人

都市国家と地中海交易

東地中海沿岸のシリア・パレスチナ地方は、エジプトとメソポタミアを結ぶ通路として、また地中海への出入り口として、海陸交通の要地でした。古くは前1500年ごろからセム語系カナーン人が交易で活躍しました。前13世紀ごろにギリシア・エーゲ海方面から「海の民」と呼ばれる人々が進出し、この地方を支配していたエジプト・ヒッタイトの勢力が後退すると、それにかわってセム語系のアラム人フェニキア人ヘブライ人らの活動が活発になりました。

フェニキア人は、東地中海に面したシドンティルスなどの都市国家を拠点として地中海交易を独占しました。船材に適したレバノン杉は重要な交易品の一つでした。やがて西地中海にまで進出し、北アフリカからイベリア半島にかけて多くの植民都市を建設しました。なかでも北アフリカのカルタゴは、もともとティルスが建設した植民都市ですが、金・銀・銅などを独占した交易活動によってめざましく発展し、やがて母市から自立して、前6世紀ごろには西地中海の交易網を掌握する大勢力に成長しました。

フェニキア文字 ─ アルファベットの起源

また、フェニキア人は、カナーン人の表音文字からフェニキア文字をつくりました。これはのちのアルファベットの起源となりました。

フェニキア文字は22のアルファベットからなり、のちにギリシア文字を経てラテン文字(ローマ字)キリル文字に継承されました。またアラム文字から派生した文字としては、ヘブライ文字シリア文字アラビア文字、さらに東方のソグド文字ウイグル文字モンゴル文字満洲文字などがあります。

フェニキア人がアルファベットを生み出した背景
フェニキア人は地中海交易に従事し、異なる言語を話す多くの民族と取引していた
楔形文字やヒエログリフは数百〜数千の文字が必要で、商人には習得が困難だった
カナーン人の表音文字をもとに、わずか22文字の子音文字で表記できる体系を開発
簡便な表記体系が交易相手のギリシア人にも伝わり、アルファベットの起源となった
ここが問われる: フェニキア人の文化的遺産 結果・影響

①22文字の子音文字からなるフェニキア文字を考案し、これがアルファベットの起源となった
②ギリシア人がフェニキア文字に母音文字を加え、ラテン文字・キリル文字など現在の文字体系の基礎となった
③東方にはアラム文字が派生し、ヘブライ文字・アラビア文字・ソグド文字・モンゴル文字などに発展した

2ヘブライ人とユダヤ教 ─ 一神教の誕生

パレスチナへの定住と出エジプト

セム語系の遊牧民であったヘブライ人は、前1500年ごろパレスチナに定住し、その一部はエジプトに移住しました。しかし、エジプトでは新王国による圧政に苦しみ、前13世紀ごろ、指導者モーセのもとでパレスチナへ脱出しました(「出エジプト」)。

なお、ヘブライ人とは他民族による呼び名で、彼ら自身はイスラエル人と称しました。

ヘブライ王国の繁栄と分裂

ヘブライ人はパレスチナに統一王国を建て、ダヴィデ王とそれにつづくソロモン王のもとでイェルサレムを中心に繁栄しました(前10世紀ごろ)。彼らは隊商交易を組織し、紅海の海上交易も開拓しました。しかし、前10世紀末には王国は北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂しました。

バビロン捕囚とユダヤ教の成立

その後、イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされ(前722年)、ユダ王国も新バビロニアに征服されて、前586年、住民の多くはその都のバビロンにつれ去られました。これをバビロン捕囚といいます。

ヘブライ人は唯一の神ヤハウェへの信仰を固く守り、やがて、神に選ばれた民として格別の恩恵を与えられているという選民思想や、救世主(メシア)の出現を待望する信仰を生み出しました。彼らは約50年後にバビロンから解放されて帰還すると、イェルサレムにヤハウェの神殿を再興し、ユダヤ教を確立しました。バビロン捕囚以後、ヘブライ人はユダヤ人と呼ばれることが多くなります。

ヘブライ人の歴史

パレスチナ定住
出エジプト
統一王国
分裂(イスラエル/ユダ)
捕囚
前1500年前13C前11C末前10C末前586前538

ユダヤ教の特徴

こうした受難の歴史のなかで、唯一神ヤハウェへの信仰はかえって強化され、ユダヤ教が確立されました。ユダヤ教の主な特徴は次のとおりです。

ポイント:ユダヤ教の4つの特徴
  • 唯一神ヤハウェ ─ 天地万物を創造した唯一の神ヤハウェのみを信仰する一神教です。多くの神々を崇める多神教が一般的だったオリエント世界では、きわめて独自の信仰でした。
  • 選民思想 ─ ユダヤ人は神ヤハウェに選ばれた特別な民であり、格別の恩恵を与えられているという思想です。
  • メシア(救世主)思想 ─ 苦難の歴史のなかで、やがて救世主(メシア)が現れてユダヤ人を救済するという信仰が生まれました。
  • 律法主義 ─ 神との契約にもとづく厳格な戒律(律法)を守ることが、信仰の核心とされました。

旧約聖書

ユダヤ教は神を天地万物の創造主とする『創世記』などの聖典を生みだしました。そこからのちに生まれたのがキリスト教です。ユダヤ教の教典はキリスト教では『旧約聖書』と呼ばれ、唯一神を崇めるユダヤ教・キリスト教・イスラームの三つの宗教にとって共通の聖典となりました。また、『新約聖書』とならんでのちのヨーロッパ人による思想・芸術活動の大きな源泉となりました。

バビロン捕囚がユダヤ教の成立に与えた影響
ユダ王国が新バビロニアに征服され、住民の多くがバビロンにつれ去られた(前586年)
国家も神殿も失い、民族消滅の危機に直面した
預言者たちが唯一神ヤハウェへの信仰律法の遵守を説き、民族の結束を維持した
苦難からの救済を求めて選民思想メシア思想が形成された
帰還後にイェルサレムの神殿を再建し、教典を整備してユダヤ教が確立された
ここが問われる: ユダヤ教の特徴 内容・特徴

唯一神ヤハウェのみを信仰する一神教であり、多神教が一般的だったオリエント世界では独自の信仰であった
②ユダヤ人だけが神に選ばれた民であるという選民思想をもつ
③やがて救世主(メシア)が現れるという信仰が生まれた
④神との契約にもとづく厳格な戒律(律法)を守ることが重視された
⑤教典はのちにキリスト教で『旧約聖書』と呼ばれ、キリスト教やイスラームにも受け継がれた

3アラム人と海の民 ─ 交易と文字の伝播

アラム人 ─ 内陸交易の担い手

アラム人は、前1200年ごろからシリアのダマスクスを中心に内陸の都市国家を建設し、内陸交易に従事しました。ロバやラクダを用いた大規模な隊商を組み、イラン高原から中央アジアにまで活動域を広げました。

このためアラム語国際商業語として西アジア一帯で用いられるようになりました。また、フェニキア文字をもとに独自のアラム文字がつくられ、楔形文字にかわってオリエントで広く用いられるようになりました。アラム文字はアラビア文字をはじめ多くの文字の源となりました。

「海の民」─ 前13世紀末の大動乱

前13世紀ごろにギリシア・エーゲ海方面から「海の民」と呼ばれる人々が進出し、東地中海世界に大きな動乱をもたらしました。

この地方を支配していたエジプト・ヒッタイトの勢力が後退すると、それにかわってセム語系のアラム人・フェニキア人・ヘブライ人らの活動が活発になりました。

東地中海3民族の比較

ここが問われる: 東地中海3民族の比較 比較
フェニキア人ヘブライ人アラム人
語族セム語系セム語系セム語系
活動拠点シドン・ティルスなど(東地中海沿岸)パレスチナ(イェルサレム)ダマスクスなど(シリア内陸)
交易の特徴地中海の海上交易を独占隊商交易・紅海の海上交易内陸の隊商交易(中央アジアまで)
おもな交易品レバノン杉・金・銀・銅など隊商交易・紅海交易の物産メソポタミア〜イラン高原の物産
文字フェニキア文字(アルファベットの起源)ヘブライ文字アラム文字(東方文字の祖)
宗教多神教ユダヤ教(一神教)多神教
文化的遺産アルファベットの発明一神教・旧約聖書国際商業語(アラム語)
発展:ユダヤ教からキリスト教・イスラームへ

ユダヤ教は、のちの世界宗教であるキリスト教とイスラームの母体となりました。キリスト教はユダヤ教の救世主(メシア)思想を受け継ぎ、イエスをメシア(キリスト)として信仰する宗教としてローマ帝国時代に誕生しました。イスラームもまた、ユダヤ教・キリスト教の伝統を受け継ぎ、その聖典を「先行する啓示の書」として位置づけています。

このように、ユダヤ教・キリスト教・イスラームは唯一神を崇める「一神教」として共通の基盤を持っています。小民族ヘブライ人が生み出した一神教の思想が、のちに世界人口の半数以上の人々の信仰の基盤となったことは、世界史上きわめて重要な事実です。

4俯瞰する ─ この記事のつながり

東地中海世界の3民族は、大帝国を築くことはありませんでしたが、アルファベット・一神教・国際商業語など、後の世界史を根底から形づくる文化的遺産を残しました。これらの遺産がどのように後の時代に受け継がれたかを意識しながら、他の章との関係を確認しましょう。

この記事と他の章のつながり

  • 1-2 メソポタミア文明 ─ メソポタミアの楔形文字が広く使われていたオリエント世界で、フェニキア人がより簡便な表音文字を開発しました。メソポタミアの開放的な地形が、セム語系民族の移動と活躍を可能にした点もつながっています。
  • 1-3 エジプト文明 ─ ヘブライ人のエジプト移住と「出エジプト」は、エジプト新王国時代の出来事です。「海の民」の侵入でエジプト新王国が衰退したことが、東地中海世界でセム語系民族が活躍する契機となりました。
  • 1-5 オリエントの統一 ─ アッシリアがイスラエル王国を滅ぼし、新バビロニアがユダ王国を滅ぼしてバビロン捕囚を引き起こしました。アケメネス朝ペルシアの寛容な統治がユダヤ人の帰還を可能にし、ユダヤ教の確立につながります。
  • 4-1 ギリシア世界 ─ フェニキア文字がギリシア人に伝わり、母音文字を加えたアルファベットが成立しました。このギリシア文字が、ホメロスの文学やギリシア哲学の記録を可能にし、西洋文明の基盤をつくります。
  • 5-4 キリスト教の成立 ─ ユダヤ教の一神教・メシア思想・旧約聖書を母体として、ローマ帝国時代にキリスト教が誕生します。ユダヤ教の律法主義への批判がキリスト教成立の一つの契機でした。

5まとめ

  • 前13世紀ごろ、「海の民」の侵入でヒッタイトが滅亡しエジプト新王国が衰退すると、東地中海沿岸でセム語系の小民族が活躍し始めた。
  • フェニキア人シドンティルスを拠点に地中海交易を独占し、北アフリカにカルタゴなどの植民都市を建設した。
  • フェニキア人は22文字の子音文字からなるフェニキア文字を考案し、これがアルファベットの起源となった。
  • ヘブライ人はパレスチナに定住し、ダヴィデ王・ソロモン王のもとで統一王国を建てたが、のちイスラエル王国ユダ王国に分裂した。
  • ユダ王国が新バビロニアに征服され、バビロン捕囚(前586〜前538年)が起きた。この苦難のなかでユダヤ教(唯一神ヤハウェ・選民思想・メシア思想・律法主義)が確立された。
  • アラム人ダマスクスを拠点に内陸交易に従事し、アラム語が国際商業語として広まった。アラム文字は東方の多くの文字の祖となった。
この記事を100字で要約すると

「海の民」の侵入で大国が後退した東地中海沿岸では、フェニキア人がアルファベットの起源となる文字を発明し、ヘブライ人がユダヤ教を確立、アラム人が国際商業語を広めた。3民族の文化的遺産は後の世界史に大きな影響を与えた。

6穴埋め・一問一答

Q1. フェニキア人が地中海交易の拠点とした東地中海沿岸の代表的な二つの都市を答えよ。

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シドンティルス。フェニキア人はこれらの港市国家を拠点に地中海交易をほぼ独占し、西地中海にも多くの植民市を建設しました。

Q2. ヘブライ人の多くがバビロンにつれ去られた出来事を何というか。

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バビロン捕囚(前586〜前538年)。新バビロニアがユダ王国を征服し、住民の多くがバビロンにつれ去られました。この苦難のなかでユダヤ教が確立されました。

Q3. ユダヤ教の特徴を4つ挙げよ。

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唯一神ヤハウェへの信仰(一神教) ②選民思想(ユダヤ人は神に選ばれた民) ③メシア(救世主)思想 ④律法主義(神との契約にもとづく厳格な戒律の遵守)

Q4. アラム人が拠点としたシリアの都市と、彼らの言語が果たした役割を答えよ。

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拠点はダマスクス。アラム語は内陸交易を通じて西アジア一帯に広まり、国際商業語として使用されました。アケメネス朝ペルシアでも公用語の一つに採用されています。

7アウトプット演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

問1 A 基礎 穴埋め

次の文中の空欄( ア )〜( エ )に入る適切な語句を答えよ。

( ア )人はシドンやティルスを拠点に地中海交易に従事し、北アフリカに( イ )などの植民市を建設した。また、22文字の子音文字からなる( ウ )文字を考案し、これがのちの( エ )の起源となった。

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解答

ア:フェニキア イ:カルタゴ ウ:フェニキア エ:アルファベット

解説

フェニキア人はセム語系の民族で、東地中海沿岸のシドン・ティルスを拠点に地中海交易をほぼ独占しました。カルタゴはティルスが建設した植民市で、やがて母市から自立し西地中海の大勢力に成長します。フェニキア文字は22文字の子音文字からなる簡便な表記体系で、ギリシア人が母音文字を加えてアルファベットをつくりました。

B 標準レベル

問2 B 標準 正誤

次の文(1)〜(4)について、正しいものには○を、誤っているものには×を記し、×の場合は誤りの箇所を正しく訂正せよ。

  • (1) ヘブライ人の統一王国は、サウル・ダヴィデ・ソロモンの3代の王のもとで繁栄した。
  • (2) バビロン捕囚とは、アッシリアがヘブライ人をバビロンに強制連行した出来事である。
  • (3) ユダヤ教の教典はキリスト教では『旧約聖書』と呼ばれ、キリスト教やイスラームにも受け継がれた。
  • (4) アラム語は地中海交易を通じて国際商業語となった。
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解答

(1) ○ (2) ×「アッシリア」→「新バビロニア」(アッシリアが滅ぼしたのは北のイスラエル王国。バビロン捕囚は新バビロニアがユダ王国を滅ぼした際の出来事) (3) ○ (4) ×「地中海交易」→「内陸交易」(地中海交易を独占したのはフェニキア人。アラム人はダマスクスを拠点に内陸の隊商交易に従事した)

解説

(2)について:アッシリアが滅ぼしたのは北のイスラエル王国(前722年)です。南のユダ王国を滅ぼしてバビロン捕囚を引き起こしたのは新バビロニア(前586年)です。この2つの出来事の違いは頻出ポイントです。(4)について:フェニキア人は海上交易、アラム人は内陸交易という対比を正確に押さえましょう。アラム語が国際商業語となったのは、ロバやラクダを使った広域の隊商交易によるものです。

C 発展レベル

問3 C 発展 論述

「海の民」の侵入が東地中海世界に与えた影響を、それ以後のセム語系民族の活動に触れながら80字以内で述べよ。

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解答例

「海の民」の侵入でヒッタイトが滅亡しエジプト新王国も衰退すると、支配の空白が生まれ、フェニキア人・ヘブライ人・アラム人らセム語系民族が交易や国家建設で活躍した。(79字)

解説

「海の民」の侵入(前13世紀末〜前12世紀)は、東地中海世界の勢力図を一変させました。ヒッタイトの滅亡、エジプト新王国の衰退、ミケーネ文明の崩壊という3つの結果を押さえたうえで、それが東地中海沿岸のセム語系小民族の活躍の前提条件となったことを指摘する必要があります。フェニキア人の海上交易・アルファベット、ヘブライ人の王国建設・ユダヤ教、アラム人の内陸交易・アラム語の普及を具体例として挙げるとよいでしょう。

採点ポイント
  • 「海の民」の侵入でヒッタイトが滅亡し、エジプト新王国が衰退したことが述べられている
  • 大国の後退により、東地中海沿岸に支配の空白が生まれたことが指摘されている
  • その空白のなかでセム語系民族(フェニキア人・ヘブライ人・アラム人)が活躍したことが述べられている