第1章 文明の成立と古代文明の特質

南北アメリカ文明
─ マヤ・アステカ・インカ

アメリカ大陸では、ユーラシアの諸文明とは関わりをもたずに、独自の文明が発展しました。鉄器・車輪・馬といった旧大陸の技術を持たないまま、トウモロコシやジャガイモの栽培を基盤に、メソアメリカではマヤ文明やアステカ王国が、アンデスではインカ帝国が繁栄します。
この記事では、南北アメリカ文明の特徴を旧大陸との違いに注目しながら整理します。

1アメリカ大陸の独自の文明 ─ 旧大陸との違い

南北アメリカ文明の流れ

オルメカ文明
テオティワカン
マヤ文明の繁栄
アステカ
インカ
前1200年前1C4C9C14C16C

アメリカ大陸には、ベーリング海峡がアジアと陸続きだった氷期に、モンゴロイド(黄色人種)系と思われる人々が渡来して定着しました。のちにヨーロッパ人から「インディオ」や「インディアン」と呼ばれることになるこの先住民は、南北に長く広がる大陸の各地で、それぞれの地域の環境に適応した文化・文明を発展させました。

今日の北米地域は、その大半で気候は温暖であり、広大な平原にめぐまれています。この地で先住民は狩猟・採集を中心とする文化を築きましたが、人口は希薄で、また高度な文明も発達しませんでした。ただし、前300年ごろにミシシッピ川流域で農耕社会が形成され、12世紀ごろには今日のニューメキシコ州コロラド州の地に、メソアメリカ文明の影響を受けた日干し煉瓦の集合住宅群がつくられました。15世紀には平原部に農耕文化が広がっていました。北アメリカ大陸の先住民は文字をもちませんでしたが、自然に順応した文化を営み、口承文化を発展させていました。また、土地の所有権は存在しませんでしたが、狩猟権や財産権の考えは発達していました。

一方、中南米地域では、熱帯雨林気候に属する赤道付近をはさんで、南北に乾燥地帯が広がっています。北方の現在のメキシコ南部と中央アメリカでは、トウモロコシを主食とする農耕文化が、また南方の南アメリカのアンデス地域では、トウモロコシに加えてジャガイモも主食とする農耕文化がそれぞれ前2千年紀から発展し、やがて都市を中心とする先住民の文明が成立しました。

これらの文明は、ユーラシア大陸の諸文明とは関わりをもたずに独自の発展をとげましたが、16世紀に進出してきたヨーロッパ人によって征服され、滅亡することになります。

アメリカ大陸で旧大陸と異なる文明が発展した背景
氷期にベーリング海峡経由でモンゴロイド系の人々が移住し、ユーラシアとは地理的に隔絶
米・麦は栽培されず、トウモロコシ・ジャガイモなど独自の作物体系が発達
鉄器車輪などの大型の家畜は利用されなかった
大河ではなく雨水や泉を活用し、丘陵・山岳に都市を築く独自の文明が成立
ポイント:旧大陸の文明との違い
  • 家畜 ─ 馬・牛・羊のような大型の家畜がいなかった。リャマ・アルパカが駄獣や毛皮用に飼育された程度です。
  • 金属器 ─ 金・銀・青銅などの金属は利用されましたが、鉄器は用いられませんでした。
  • 車輪 ─ 車輪は使用されませんでした。大型家畜がいなかったことと関連しています。
  • 主食 ─ 米・麦ではなく、トウモロコシ・ジャガイモが主食でした。
  • 立地 ─ 大河流域ではなく、丘陵・高原・山岳地帯に都市が築かれました。
アメリカ大陸で鉄器・車輪が発達しなかった背景
アメリカ大陸はベーリング海峡の海面上昇により、約1万年前にユーラシア大陸と地理的に隔絶
ユーラシアで進んだ冶金技術(青銅器→鉄器)の発展過程が伝わらなかった
馬・牛・ロバなど大型の家畜が存在せず、車輪を引く動力がなかった
結果として、金・銀・青銅は装飾や祭祀に用いられたが、鉄器は生まれず、車輪も実用化されなかった
ここが問われる: 南北アメリカ文明と旧大陸の文明の違い 比較

①鉄器や車輪、馬などの大型の家畜が利用されなかった
②米・麦ではなくトウモロコシ・ジャガイモを主食とする独自の農耕文化が発達した
③大河流域ではなく丘陵・山岳に都市を築き、雨水や泉を活用した

2メソアメリカ文明 ─ マヤとアステカ

オルメカ文明 ─ メソアメリカ文明の原型

メキシコ南部と中央アメリカの先住民文明の原型となったのが、前1200年ごろまでに成立したオルメカ文明です。メキシコ湾岸地域に巨大な石の人頭像やピラミッド型の神殿が建設されました。ジャガーへの信仰や絵文字の使用など、のちのメソアメリカ文明に大きな影響を与えた文明です。

テオティワカン文明

前1世紀のメキシコ高原には、多くの巨大な階段ピラミッド型の神殿をもつテオティワカン文明が生まれ、6世紀まで栄えました。「太陽のピラミッド」は高さ約65mの巨大な祭壇で、その壮大さは当時の高度な建築技術と強大な権力を物語っています。

マヤ文明

中央アメリカのユカタン半島一帯には、前1000年ごろからマヤ文明が形成され、4世紀から9世紀に繁栄期を迎えました。マヤ文明はピラミッド状の建築物、二十進法による数の表記法、精密な暦法マヤ文字などを生み出しました。農業では従来の焼畑だけでなく、灌漑をともなう定住農耕も行われていたと考えられています。

マヤ文明は統一的な王国をつくらず、各都市が独立した都市国家として並立したのが特徴です。チチェン=イツァやティカルなどの遺跡が有名です。

アステカ王国

10世紀になると、メキシコ高原ではトルテカ人チチメカ人が古典文明を継承し、新たな都市文明を発展させました。

12世紀ごろにメキシコ高原へ移住してきたアステカ人は、14世紀に現在のメキシコ市がある場所に湖上の都テノチティトランをつくり、諸都市を服属させてアステカ王国を建てました。16世紀初頭にはメキシコ湾岸から太平洋岸までを支配下におさめ、テノチティトランは世界最大級の人口をもつ都市だったと考えられています。

アステカ文明もピラミッド状の神殿を造営し、絵文字を用いたほか、道路網でメキシコ各地と結ばれた巨大都市や複雑な身分制度をもつ国家を築きました。これらメキシコ高原と中央アメリカの文明は、メソアメリカ文明と総称されます。

ここが問われる: メソアメリカ文明の展開 流れ

①前1200年ごろ、メキシコ湾岸にオルメカ文明が成立(メソアメリカ文明の原型)
②前1世紀、メキシコ高原にテオティワカン文明が誕生(6世紀まで繁栄)
③前1000年〜、ユカタン半島一帯でマヤ文明が形成、4〜9世紀に繁栄(二十進法・暦法・マヤ文字)
④10世紀にトルテカ人チチメカ人が古典文明を継承、12世紀ごろアステカ人が移住し14世紀にアステカ王国が成立(湖上の都テノチティトラン)

3アンデス文明 ─ インカ帝国

アンデス高地の文明

南アメリカのアンデス高地では、メソアメリカからトウモロコシの栽培文化が伝わると定住化が進みました。前1000年ごろに北部にチャビン文化が成立して以降、さまざまな王国が現れました。大規模な灌漑設備がつくられ、トウモロコシやジャガイモの集約栽培、リャマ・アルパカの家畜化が進みました。

インカ帝国

15世紀半ば、現在のコロンビア南部からチリ中部におよぶ広大なインカ帝国が、クスコを中心として成立しました。インカの皇帝は太陽の子として崇拝され、神権政治を行いました。アステカと同様に、ほかの先住民部族を服属させるかたちの支配体制を築いています。

インカ文明石造建築の技術にすぐれ、各地に巨大な石造の神殿や要塞が建設されました。発達した道路網と宿駅制度を設けて広大な領域を支配し、各地から物資がクスコに運ばれて蓄積されました。高地には階段状に整えられた段々畑に灌漑網が設けられ、トウモロコシ畑がつくられました。文字はありませんでしたが、縄の結び方で情報を伝えるキープ(結縄)と呼ばれる方法で数量などの記録を残しました。

発展:文字を持たなかったインカ帝国のキープ

インカ帝国では文字が使われませんでしたが、キープ(結縄)という独自の記録方法が発達しました。キープは縄の結び方によって数字を示すもので、家畜や人口の調査などに用いられました。広大な帝国の行政を、文字なしに道路網とキープで維持していた点は、旧大陸の文明には見られない大きな特徴です。

なお、マヤ文明では絵文字が使用されましたが、アステカ王国でも絵文字が用いられていました。南北アメリカ文明のうち、文字を全く持たなかったのはインカ帝国です。

ここが問われる: インカ帝国の特徴 内容・特徴

①首都クスコを中心に、コロンビア南部からチリ中部におよぶ広大な領域を支配した
②皇帝は太陽の子として崇拝され、神権政治を行った
③すぐれた石造建築と発達した道路網・宿駅制度で統治した
④文字を持たず、キープ(結縄)で数量を記録した

マヤ文明アステカ王国インカ帝国
時期前1000年ごろ成立、4〜9世紀に繁栄14世紀〜16世紀15世紀半ば〜16世紀
地域ユカタン半島・中央アメリカメキシコ高原アンデス高地(南アメリカ)
首都統一都市なし(都市国家の並立)テノチティトランクスコ
主食トウモロコシトウモロコシトウモロコシ・ジャガイモ
政治都市国家が独立して並立周辺部族を服属させる支配皇帝(太陽の子)の神権政治
文字マヤ文字・暦法あり絵文字あり文字なし(キープで記録)
建築石造ピラミッド型神殿湖上都市テノチティトラン精巧な石造建築・道路網
滅亡9世紀以降に衰退16世紀にスペイン人コルテスが征服16世紀にスペイン人ピサロが征服

4俯瞰する ─ この記事のつながり

南北アメリカ文明は、ユーラシア大陸の諸文明とは関わりなく独自に発展しましたが、16世紀にヨーロッパ人の進出によって征服され、滅亡します。しかし、トウモロコシ・ジャガイモ・トマト・カカオなどの作物はヨーロッパに伝わり、世界の食文化に大きな変化をもたらしました。

この記事と他の章のつながり

  • 1-1 文明の誕生 ─ 旧大陸では大河流域に文明が誕生しましたが、アメリカ大陸では大河に依存しない独自の文明が生まれました。文明の成立条件を比較する上で重要な視点です。
  • 9章 大交易・大交流の時代 ─ 16世紀にスペイン人のコルテスがアステカ王国を、ピサロがインカ帝国を征服します。アメリカ大陸の銀や砂糖がヨーロッパ経済を変え、「大西洋世界」が出現しました。
  • 新大陸の作物と旧大陸 ─ ジャガイモ・トウモロコシ・サツマイモ・トマト・トウガラシなどがヨーロッパやアジアに伝わり、人口増加を支える食料革命につながりました。
歴史総合とのつながり

アメリカ大陸の征服は、ヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘などの疫病によって先住民人口が激減したことも大きな要因でした。歴史総合で学ぶグローバル化の歴史において、「コロンブスの交換」(新旧両大陸間の動植物・疫病の交流)は世界の一体化を理解するための重要なテーマです。

5まとめ

  • アメリカ大陸には氷期にモンゴロイド系の人々がベーリング海峡経由で移住し、ユーラシアとは独立した文明を発展させた。
  • 鉄器や車輪、などの大型の家畜は利用されず、トウモロコシジャガイモを主食とする独自の農耕文化が発達した。
  • 前1200年ごろ、メキシコ湾岸にオルメカ文明が成立し、メソアメリカ文明の原型となった。
  • ユカタン半島ではマヤ文明が繁栄し、二十進法・精密な暦法・マヤ文字が発達した。
  • 14世紀にメキシコ高原でアステカ王国が成立し、首都テノチティトランは世界最大級の都市に成長した。
  • 15世紀にアンデス高地でインカ帝国が成立し、首都クスコを中心に広大な領域を支配した。皇帝は太陽の子として崇拝され、キープ(結縄)で記録を残した。
  • これらの文明は16世紀にスペイン人によって征服・滅亡した。
この記事を100字で要約すると

アメリカ大陸では旧大陸と隔絶した環境のもと、トウモロコシ・ジャガイモを基盤に独自の文明が発展した。メソアメリカではマヤ・アステカが、アンデスではインカ帝国が繁栄したが、16世紀にスペイン人に征服された。

6穴埋め・一問一答

Q1. メソアメリカ文明の原型となった、前1200年ごろにメキシコ湾岸で成立した文明を何というか。

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オルメカ文明。巨大な石の人頭像やジャガーへの信仰で知られ、のちのメソアメリカ文明に大きな影響を与えました。

Q2. アステカ王国の首都で、テスココ湖上に築かれた水上都市の名称を答えよ。

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テノチティトラン。16世紀には世界最大級の人口を擁していました。スペイン人コルテスの征服後に破壊され、その跡地に現在のメキシコ市が築かれました。

Q3. インカ帝国で数量の記録に用いられた、縄の結び方による記録方法を何というか。

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キープ(結縄)。インカ帝国では文字が使われず、キープで家畜や人口の調査などの記録を行いました。

Q4. インカ帝国の首都はどこか。

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クスコ。インカ帝国はクスコを中心とする道路網と宿駅制度を設けて、コロンビア南部からチリ中部におよぶ広大な領域を支配しました。

7アウトプット演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

問1 A 基礎 穴埋め

次の文中の空欄( ア )〜( エ )に入る適切な語句を答えよ。

アメリカ大陸では、( ア )を主食とする農耕文化を基盤に独自の文明が発展した。メキシコ湾岸には前1200年ごろに( イ )文明が成立し、メソアメリカ文明の原型となった。14世紀にはメキシコ高原に( ウ )王国が成立し、その首都( エ )は世界最大級の都市に成長した。

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解答

ア:トウモロコシ イ:オルメカ ウ:アステカ エ:テノチティトラン

解説

メソアメリカ文明は、トウモロコシ栽培を基盤に発展しました。オルメカ文明は前1200年ごろにメキシコ湾岸で成立し、のちのマヤ文明やテオティワカン文明に影響を与えた最古のメソアメリカ文明です。アステカ王国は14世紀にメキシコ高原に成立し、テスココ湖上の首都テノチティトランは16世紀にスペイン人コルテスに征服されました。

B 標準レベル

問2 B 標準 正誤

南北アメリカ文明に関する次の文(1)〜(4)について、正しいものには○を、誤っているものには×を記し、×の場合は誤りの箇所を正しく訂正せよ。

  • (1) マヤ文明では二十進法を用いた数学が発達し、精密な暦法や文字も使用された。
  • (2) インカ帝国では、楔形文字に似た独自の文字が使用されていた。
  • (3) アステカ王国とインカ帝国は、ともに周辺の先住民部族を服属させる支配体制を築いた。
  • (4) アメリカ大陸の文明では、鉄器や馬が重要な役割を果たした。
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解答

(1) ○ (2) ×「楔形文字に似た独自の文字が使用されていた」→「文字は使われず、キープ(結縄)で記録を残した」 (3) ○ (4) ×「鉄器や馬が重要な役割を果たした」→「鉄器や馬などの大型の家畜は利用されなかった」

解説

(2)について:インカ帝国では文字は使用されませんでした。かわりに縄の結び方で数量などを記録するキープ(結縄)が用いられました。文字を持たなかった点は、マヤ文明やアステカ王国(絵文字を使用)との重要な違いです。(4)について:アメリカ大陸の文明では、鉄器は用いられず、馬などの大型の家畜も存在しませんでした。これは旧大陸の文明との大きな違いの一つです。

C 発展レベル

問3 C 発展 論述

南北アメリカ文明がユーラシア大陸の諸文明と異なる特徴を、農業・技術・文字の観点から60字以内で述べよ。

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解答例

トウモロコシ・ジャガイモを主食とし、鉄器・車輪・馬を欠き、インカ帝国ではキープで記録を行い文字を持たなかった。(54字)

解説

南北アメリカ文明の独自性は、旧大陸との「違い」を軸に整理すると書きやすくなります。農業面ではトウモロコシ・ジャガイモという独自の作物体系、技術面では鉄器・車輪・大型家畜の不在、記録面ではインカ帝国がキープ(結縄)を用いて文字を持たなかった点が重要です。マヤ文明やアステカ王国では絵文字が使用されていた点も補足できるとなお良いです。

採点ポイント
  • トウモロコシ・ジャガイモなど独自の作物に言及している
  • 鉄器・車輪・馬(大型家畜)の不在に触れている
  • 文字の有無(特にインカのキープ)について述べている